プログラミングを中心にまとめるブログ【UrufuNote】を運営しています。
気軽に「うるふ」と呼んでいただければ幸いです!
今は趣味のプログラミングを学習しながら、Twitterやブログをやっています。
しかし、過去には無趣味・無気力で仕事場と家を往復する毎日でした。
そんな日々を脱したくて副業やSNSのやり方を調べたこともありましたが、完璧主義だった私は一歩目が踏み出せなかったのです。長い間ノウハウコレクターと呼ばれる状態でした。
新しいことに挑戦することや失敗をすることに対して強い不安を感じていたのです。
しかし、最近ではブログやプログラミングの世界に足を踏み入れ、自分自身が変わることができたことを嬉しく思っています。
この経験を通じて、同じような境遇にある人たちが一歩踏み出す力になりたいと考えています。
私がノウハウコレクターを脱することができたきっかけをざっとした経歴と交えて話したいと思います。
Urufuのざっくりとした経歴
一旦私のプロフィールと経歴を箇条書きでまとめておきます:)
- 3人兄弟の長男
- 責任感が強いが抱え込みやすく、頼まれたら断りにくい性格
- 4歳から10年続けた空手で心身共に成長
- 中学で運動部2つ掛け持ち、生徒会、委員会にも所属(完全に無理してましたが断れなかった)
- 高校受験は家族の期待には応えられず、そこそこの進学校へ入学
- 運動部に入部するも怪我で2年生のときに退部
- 大学受験は難関大を目指すが1年浪人→失敗
- 両親離婚で困窮
- 高校卒業後1年遅れで社会人スタート
- カフェで働くもコロナで仕事も激減
- 鬱状態になりながらも生活のため兄弟のため……
- 収入のほとんどが家族4人(母、兄弟2人、私)の生活費に消える
- 地獄の手前のような苦しい生活から脱するため副業など調べ始める
- Web制作(HTML/CSS/JavaScript)2ヶ月ほどで習得
- 一番下の兄弟が高校卒業したので3年働いた会社を退職
- 最近は精神的余裕もできてきた
社会に対してあまりにも無知過ぎました:(
続きも読んでもらえると嬉しいです!
中学時代
部活動の副部長、生徒会の副会長、各種イベントの実行委員などかなり精力的に取り組んでいました。
部活は駅伝部を掛け持ちにする決まりがあって、朝練に強制参加。正直嫌でしたね。
でも部活仲間と一緒だったので初めの頃は楽しめていたと思います。
色々な悩みを相談できないまま抱え込み辛く感じてきたのは、2年生になってからのことです。
部活の後輩にも走り負けることが増え、走っても走っても体力がつかないことでを本気で悩みました。
周りの人間は根性論が多かったので……余計に辛かったです。
その悩みを抱えたまま部活引退を迎え、その後の検査で鉄欠乏症貧血&低血圧と分かりました。
根性論を理由にしてきた人たちには理解を得るだとか誤解を解くだとか、いちいち説明する気も起きないのです。
そのままぎこちない関係で部活動は終わりました。
一方で生徒会などで評価は良かったので、そのギャップもまたキツかった理由だと思います。
中学時代をまとめると……
相談する環境が作れず我慢を続けて1人で抱え込む性格で、精神的に良くない土台を作り上げてしまいました。
高校時代
高校生になってもやはり根本は変わらず、他人に心を打ち明けない日々を送っていました。
浅い関係の友人は多くできたのですが、一歩引いた関係が楽で良かったのだと思います。
唯一の失敗はまた運動部に入ったことです。
中学時代体力の無さから苦い思いをしたのに、かっこよさとか見栄のために入部してしまいました。
進学校ではあったのですが部活動は強制参加だったのです。
結局無理が重なり、腰を怪我して2年の秋頃に退部しました。
それからは部活仲間や顧問に引け目を感じて視線ばかり気にしていましたね。
引きこもり時代
ここでもつまらない見栄のために同じ失敗を繰り返します。
大学受験で学力的に不相応な難関校を目指してしまいました。
当然現役で合格はできず、「もう一年あれば合格できる」などとやる気はないのに見栄だけは一丁前なのです。
周囲には浪人生で勉強を頑張っていると嘘を付き、実際には家でゴロゴロしているだけ。
勉強も全然していないのにも関わらず、親に数万円の受験料を出してもらいました。最低ですよね。
周囲には浪人生と言いつつもグダグダと引きこもり生活をしていた1年でした。
怒涛の1ヶ月
これは私の人生で一番焦った1ヶ月です。引きこもり歴1年経った頃でした。
「1ヶ月後には家を売るから」
――え? 何? ってなる話ですよね。
詳しくは個人的な内容になりすぎるので、簡単に説明すると……
私引きこもり。父親がいつの間にか仕事辞めてた。今住んでいる家は父方の祖父に買ってもらっていた。それを借金返済のために父親が売ってた。
私は「詰んだ」と思いましたね。こういうときの対処法や社会について無知だったからです。
あの瞬間の絶望は今でも思い出せます。
社会人
コロナが流行する少し前、私の初めての職場が決まりました。
とある会社のカフェ部門です。
慣れない仕事で怒られて、客の理不尽な理由で怒鳴られる。毎日毎日行きたくなかったです。
今思えば表面化していなかっただけで鬱症状は中学時代からありましたね。
他にお金を得る方法が分からなかったので、ひたすら耐えました。
給料も少なく会社に良いように使われている自覚はあったのですが、変わろうとしなかった・知ろうとしなかった。これが私の悪いところだと思います。
あっという間に3年が経ち一番下の兄弟も高校卒業ですよ。
収入の殆どが家賃・光熱費など生活費に消え、貯金も兄弟の専門学校の入学費にもっていかれました。
転機:心境の変化
いつも仕事が休みの日は、YouTubeやゲームをして時間を潰していたのですが、いつの間にか楽しく感じなくなっていました。たしか社会人2年目くらいの時ですね。
この先の人生の不安感から純粋に楽しむことができなくなったからだと思います。
仕事に慣れては来ましたが、変わらなければこのままだという事実に向き合い始めたのです。
資産を形成、老後の安定、稼ぐ力、副業を始めようなどなど、とにかく今の状況から抜け出すための書籍や動画を漁り始め、たどり着いたのがプログラミング学習です。
webの知識を蓄えるとともに、できることが増えていく喜びを感じるようになりました。
Urufuの想い
自分の理想の生活って皆さん人それぞれあると思います。好きな時間に働いて旅に出たいとか、子どもの成長を側で見ていたいとか、理想の環境で映画やゲームをしたいとか。
私も心安らぐ毎日を送り蓄えた活力を仕事や趣味に没頭するためだけに使うという理想があります。
つまり心配事を徹底的に無くした生活を送りたいということです。ありふれてますけど、実際にそんな生活を送れている人は一握りです。
私のイメージを順序立てて言うと……
理想の生き方に向かって少しずつでも今を最適化していくこと・より良い毎日を過ごすための考え方・実践して変わったことなどを【UrufuNote】では発信します。
その中でも、過去の私がそうだったように「一歩目が踏み出せないノウハウコレクター」に寄り添って、活動していきます。
過去の私と同じような境遇の人、またそれ以上に悲しい出来事を抱えている人の力になりたいのです。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
Twitterではもっとラフな感じで発信していますので、よければフォローして絡んでくれると嬉しいです!